広島高等裁判所 平成9年(ネ)463号 判決 1998年7月16日
控訴人(原告) X
右訴訟代理人弁護士 奥苑泰弘
右訴訟復代理人弁護士 中井克洋
被控訴人(被告) 広島市信用組合
右代表者代表理事 A
右訴訟代理人弁護士 西垣克巳
主文
一 本件控訴を棄却する。
二 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第一 控訴の趣旨
一 原判決を取り消す。
二 (第一次請求)
被控訴人は、控訴人に対し、金一七一万円及びこれに対する平成九年四月二三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 (第二次的請求)
被控訴人は、控訴人に対し、金一七一万円及びこれに対する平成九年六月四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
四 (第三次的請求)
被控訴人は、控訴人に対し、金一九万〇五〇八円を支払え。
第二 事案の概要
原判決の「第二 事案の概要」の記載を引用する。ただし、次のとおり付加訂正する。
1 三頁二行目の「第二次的」を「第二次、第三次的」と、五行末行の「請求の趣旨一」を「控訴の趣旨二」とそれぞれ改める。
2 六頁二行目の「ので、」の後に「被控訴人は、控訴人に対し、(1) 右(一)の一七一万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成九年六月四日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払義務があり(第二次請求)、(2) 仮に右(1)が認められないとしても、」を、同五行目の「ある」の後に「(第三次的請求)」をそれぞれ加え、同六行目の「請求の趣旨二」を「控訴の趣旨三又は四」と改める。
第三 争点に対する判断
一 共同相続人の一人が、銀行その他の金融機関に対し、被相続人の預金債権につき、遺言により、法定相続分を越えて預金債権の全体につき相続したと主張して払戻等を求めてきた場合、金融機関としては、共同相続人間の紛争に巻込まれたり、二重弁済の危険や後日の応訴の煩わしさを未然に避けるため、当該遺言が最後の遺言であることや当該預金が被相続人の預金であること、請求者が本人であることなどを確認するため、当該請求者に対し、それらを証するための一応の資料即ち、預金証書及び遺言を内容とする公正証書謄本(又は正本)のほか、預金者の死亡の記載のある戸籍謄本、相続人全員の戸籍謄本、預金者からの相続関係を確認し得る除籍謄本、請求者の印鑑登録証明書などの提出ないし提示を求めることは許されるものと解される。
なお、民法四七八条は右の提出、提示を求める資料を画定するための一つの基準とはなるが、当該請求に応じて払戻等をした金融機関が最終的には同条等の規定により保護されることがあり得るとしても、このことからただちに金融機関が過重な提出、提示を求めたとして不法行為ないし債務不履行の責を負うとは断じがたい。
二 ところで、前記(原判決第二の一)争いのない事実に、<証拠省略>及び弁論の全趣旨を総合すると、控訴人は、平成九年四月二一日頃から、被控訴人に対し、本件各預金の払戻又は名義書換を求め始めたのであるが、その際、被控訴人は本件各預金の預金証書及び本件遺言書を示し、本件遺言書を作成した公証人役場では被相続人委任の別の遺言書は存しないことを電話で伝えたにすぎないこと、これに対して被控訴人も、除籍謄本、相続人の戸籍謄本等のほか、原則として共同相続人全員の払戻の同意書(実印を押捺したもの)及び印鑑登録証明書が必要であるとして、それらの提出等を求めたこと、控訴人は、被控訴人からの求めにも拘わらず、一部の金融機関が共同相続人全員の同意書及び印鑑登録証明書の提出を要求するのは単なる慣行に過ぎないものであり、法的根拠がないことを知っているとして、それらの資料を提出せず、且つ他の共同相続人の氏名住所をも明らかにしなかったこと、控訴人と被控訴人は、その後も何度か交渉したが、双方ともそれまでの主張を繰り返し、同年五月八日頃最終的に話が決裂したこと、そこで、被控訴人は同月二二日本件を提訴したこと、その後、被控訴人は、自ら控訴人以外の共同相続人の氏名住所を調査したうえ、同年七月一一日頃、控訴人以外の共同相続人全員(四名)に対し、照会書を発して回答を求め、同人ら全員から、同人らは被相続人の遺言書を保管していないこと及び本件各預金を控訴人に払い戻しても差し支えない旨の回答を得て、同年八月二一日、控訴人への名義書換えをしたことが認められる。
三 右の事実をもとに検討するに、当初、被控訴人が共同相続人全員の同意書(実印を押捺したもの)及び印鑑登録証明書の提出等を求めたことには、些か行き過ぎた面が認められるけれども、全体としてみると、控訴人の側が非協力的であったというべきであり、被控訴人は金融機関として必要な調査をして必要な事項を確認したうえ控訴人への名義書換に応じているのであり、それに要した日数などを勘案しても、被控訴人の対応は未だ控訴人に対する不法行為ないし債務不履行を構成するものではないと認めるのが相当である。
したがって、控訴人の請求は、その余の点について判断するまでもなく、すべて理由がない。
第四 よって、原判決は結論において相当であり、本件控訴は理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 東孝行 裁判官 菊地健治 河野清孝)